Topics

日本学術会議公開シンポジウム「スポーツと脳科学」

2019.11.09

11月9日(土)に日本学術会議講堂においてし神経科学分科会と脳とこころ分科会合同で公開シンポジウム「スポーツと脳科学」を開催し、盛会のうちに終えることができました。以下、報告書です。(伊佐)

日本学術会議 公開シンポジウム

「スポーツと脳科学」

日時:令和元年11月9日(土)13:00 – 17:00

場所:日本学術会議講堂 

主催    基礎医学委員会:神経科学分科会

         臨床医学委員会:脳と心の分科会

後援    日本脳科学関連学会連合、日本生命科学アカデミー

開催趣旨:

東京オリンピックに向けてスポーツの振興に社会の関心が高まっているが、スポーツの良い面、注意を要する面について脳科学的な知見を適切に社会に発信することが脳科学者に求められている。そこで、両分科会合同で本公開シンポジウムを企画、開催した。

プログラム:

13:00   開会挨拶/本シンポジウムの目的 

  伊佐 正 日本学術会議 神経科学分科会委員長

13:10   一流サッカー選手とブラインドサッカー選手の脳から考える神経系の適応と超適応 

  内藤栄一(情報通信研究機構)

13:40   脳科学と情報技術はスポーツのトレーニング/コーチングをどう変えるか? 

  柏野牧夫(日本電信電話株式会社 コミュニケーション科学基礎研究所)

14:10   休憩

14:30   ボクサーの脳イメージング 

  阿部修(東京大学大学院医学系研究科放射線医学講座)

15:00   パラリンピックブレイン ーパラアスリートの脳にみる人間の脳の再編可能性ー 

  中澤公孝(東京大学大学院総合文化研究科)

15:30   休憩

15:50   パネル討論

コーディネーター:     

 伊佐 正      京都大学医学研究科・教授

 山脇成人        広島大学脳・こころ・感性科学研究センター・特任教授

パネリスト:  

 中澤公孝        東京大学総合文化研究科・教授

 柏野牧夫        日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所・NTTフェロー                    

 阿部 修        東京大学医学系研究科・教授

 内藤栄一        情報通信研究機構・研究マネージャー

 川人光男        国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報通信総合研究所・所長

 西田眞也        京都大学情報学研究科・教授

17:00   閉会挨拶       

  山脇成人 日本学術会議 脳と心の分科会委員長 

シンポジウム概要(以下、敬称略)

冒頭、伊佐が「東京オリンピックを来年に控え、スポーツ振興が盛んに行われているが、アスリートの運動能力、パラアスリートの適応力、一方でスポーツにおいて注意を要する面などの社会からの関心が高い問題について、脳科学の立場から分析・考察することは科学的にも興味深い課題である。さらにこれらの研究の成果は、多くの国民に対して有益な情報を与え、さらに科学的なコーチィング法の開発にも貢献できると期待される。」という本シンポジウムの開催趣旨を説明した。

次に内藤が、一流サッカー選手の脳が一般人とどのように違うのかについて調べた自身の研究成果について報告した。元ブラジル代表のネイマール選手が足を動かす際の大脳皮質の活動領域が一般人よりかなり狭いこと(つまり、脳の領域を非常に有効に使っている)、一方でプレーをイメージする際には様々な脳領域が広範に活動していることを示した。また、ブラインドサッカーブラジル代表のリカルド・アウベス選手の脳は、脳梁膨大後部皮質が晴眼者に比べて20%以上も拡大している。脳梁膨大後部皮質が場面ごとに空間内で自分がどこにいるのかに関する情報処理に関係することを考えると、この事実は、リカルド選手がコート内で自在に動ける能力に関連していると推測できる。

次に、柏野は、合理的・体系的なトレーニングやコーチングの方法論の提案に向けた自身の研究を紹介した。アスリートにおける主観と客観の乖離、自覚できない脳の働き、すなわち潜在脳機能が果たしている役割について、一流選手でも自分の身体の動き全てを意識できてはいないという事例を含め、豊富なデータに基づいて論考した。特にコーチングにおいて、意識的にコントロールすることが難しい潜在的脳機能をどのように調整すべきかという点について研究した様々な試みが紹介された。

次に阿部は、プロボクサーの減量開始前、減量中、試合後のMRIによる脳構造画像の計測データを提示し、 減量によって灰白質の容積が数パーセントも減っていること。一方試合後それらは回復するが、白質の線維走行の等方性が減ることについて報告した。前者については水分の減少によって説明がつくのか?それともそれ以外の実質組織における変化が関与するのか?後者についてパンチによる衝撃が関係するのかしないのか?といった今後の研究課題についても言及された。

中澤はコートニー・ジョルダン(水泳)やマルクス・レーム(走り幅跳び)などの複数の一流パラアスリートの脳機能・身体機能を調べた自身の研究成果を報告した。前者については水中では恐怖感が減るため、麻痺側の腕の筋の固縮が水の中では減弱しており、それゆえ大きく腕を振れるようになる。後者においては、切断肢において残存する近位筋の制御に両側の大脳運動野が関与しているといった、パラアスリートにおける脳機能の劇的な変化について言及するとともに、それらの知見が脳・脊髄損傷患者のリハビリにヒントを与えてくれることを具体的に紹介した。

その後、休憩時間の後に、講演者に積山、川人、西田が加わって、山脇、伊佐の司会のもと、パネル討論を行った。そこでは、脳の可塑性、情動やモチベーションの作用、意識と無意識といった問題が主なテーマとなった。可塑性については、パラアスリートにおいては通常人をはるかに超えた中枢神経系の可塑的変化が起きている可能性が議論された。一方で、そのような可塑性とそれに伴う学習を駆動させるためにモチベーションや喜怒哀楽といった情動がどのように作用するのか、という脳科学上まだ大部分が未解明の問題も議論された。特にスポーツ選手が陥ってしまうイップスのような不適応現象における情動の関与も指摘された。さらに無意識のプロセスの重要性とともに、意識に上ることに意味があるのかないのか?という議論もおこなわれた。特に意識する対象によっては意識することでかえって下手になる場合もあること、一方で意識に上ることによって無意識の場合に比べて、より少数のデータで学習が可能になるといった最新の研究事例についても紹介された。

このように熱を帯びたパネル討論はやや高度に専門的な内容も含んでいたが、聴衆は殆ど席を立つことなく、最後は聴衆も含めた活発な討論が行われた。

Page Top