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【連続ブログ第4回】

2020.08.01

第4回 社会貢献

 研究者は研究だけしていれれば幸せという人が多いと思いますが、実際にはなかなかそうもいきません。勿論大学に勤めていれば講義や実習はやむを得ませんが、その他にもアウトリーチ活動、学会や研究会のお手伝い、論文の査読、研究費の審査、和文の研究紹介記事の執筆・・・これらはまだ研究にそれなりに関係しているから良いかもしれないけれど、教科書の分担執筆、所属機関や政府関係の各種委員会、はたまた学術会議、学会連合等・・・まあいろいろな「社会貢献」に関する仕事があります。

 これらのどこからが「雑用」になるのかはそれぞれの個人の判断によるとは思いますが、確実に自分がテーマとして打ち込んでいる研究に割ける時間を減らします。若い時は私も研究以外のことに時間を取られるのが嫌で仕方なかったですが、ある程度やることで世間が広がるし、またそれでお付き合いする「偉い先生方」から学ぶことも多かったというのも事実です。ただ、自分の研究をまずは確立しなくてはいけない時期の若い人は「雑用」にあまり時間を取られないほうが良いし、上司もあまり若い人に雑用をさせないほうが良いことに間違いはありません。また、教授になってからでも、どれだけ自分をサポートしてくれる体制が研究室の内外にあるかによってどれだけ引き受けられるかを冷静に判断する必要もあるでしょう。(私自身は教育の duty のあまりない研究所にいたからできたのかもしれませんが30代後半から今日に至るまで膨大な時間をそちらに費やしました・・・)

 そういう中で、「なるべく早いうちに経験しておいた方が良い」ことが2つあります。それは論文の査読者と研究費の審査委員です。論文の査読者をすることで、査読者がどういう風に論文を審査しているかが理解でき、自分の論文を書くということを客観的にみることができるので、大変役に立ちます。そういう点で、残念だったのは、私がある国際誌の reviewing editor や section editor として査読を依頼する立場だった際に、日本の若い研究者で結構依頼を断る人が多かったということです。どういうことなのだろうなと感じました。editor の仕事をしていると外国のポスドクから頻繁に「自分はこういう分野の論文なら査読できる」という「売り込み」を受けます。実際に査読者の経験は CV に書ける重要な「自分の付加価値」と見做されているからです。特に、それなりに有名な研究室で、そこの教授に断られるのは多忙だからある程度仕方ないのかなと思いつつ、そこの若い人に依頼しても皆断ってくる。そのような経験を何度かしました。そこの研究室では、そういう指導をしているのかとも思い、大変残念でした。(誤解であったらすみません)

 若い人にはいきなりトップジャーナルの査読は回ってきません。一方で、今後独立して研究費をコンスタントに取っていこうと思ったら IF3-6 くらいのジャーナルにある程度コンスタントに出していける能力は必須です。また、粗探しをして厳しく査読することはできても、「建設的な批判」は容易ではありません。しかし、著者にしてみれば、そういうアドバイスを受けられることが投稿先のジャーナルに価値を見出すことになりますし、それは自分が若い人達を指導していく上で役立つスキルでもあります。あと、もう一つの研究費の審査委員ですが、これは科研費では何十件も読むことになると本当に大変です。しかしそういう経験をすると、実際に自分の申請書がどのように読まれるのか?そして導入部から展開部にかけてどのように書くべきなのか?独善的になっていないか?とてもその金額とその期間内でできそうもないことを書き過ぎていないか?・・・といったことがよく理解できるようになります。私も最初の頃はいずれの仕事も来る者は拒まずで、本当に時間のやり繰りが大変でしたが、基本的にその過程で学ぶものは多かったと思います。一方で、それなりの有名なラボの出身者は、往々にして雑用をほとんどしないで育つ人もいるようで、まだそれが自分にとっての当然の権利と思っていることもそれはそれで問題だと思います。長い目で見た時に、どれだけマルチタスクをこなせるかということが、PI になったときの生き残りを最後は決するという面があることも事実だからです。(伊佐)

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